ハリマ化成グループ

パインケミカル

松やに(ロジン)を訪ねて

03.紀州松煙墨

墨は五彩に勝る

五彩とは黄、青、赤、白、黒の五色をいう。どんな色彩よりも黒一色の墨が奥が深い。明暗を出すにも、遠近を出すにもあらゆる表現を濃淡一つで解決できる。
また、墨は黙仙(ぼくせん)ともいわれ、気分を落ち着かせ、精神統一をする働きがあります。硯の前で墨をすると、心が落ち着いてくるのはこのためでしょうか。

取材協力

紀州松煙墨 代表者:堀池雅夫
和歌山県大塔村鮎川字小川
TEL:0739-49-0801
ホームページ:http://www.kishu-shoen.com/

JR紀伊田辺駅から車で30分、紀州松煙墨のふるさとは奥深い山に囲まれ、美しい清流の流れる大塔(おおとう)村にあります。墨の制作教室および墨を個人向けにも販売しているので、ご希望の方はお問い合わせください。

画像 和歌山県大塔村付近の地図
画像 紀州墨の写真
紀州墨
墨について
墨の歴史

墨という文字は、右のような会意文字で示され、墨は火を燻らせて、嚢(ふくろ)の中に煤(すす)をとる形。それに土を加えて固形として用いた。
墨は古く中国の漢時代(BC206〜)にはあったと言われており、「兪麋山(ゆみさん)」という山の松煙から取ったのが始まりといわれています。
漢書には「尚書令墨丞郎、月に大墨1枚、小墨1枚を賜う」とあり、また、続漢書には「中書令は御墨をつかさどる」とあるように、この時代に固形墨の原型(当時は球形状)ができあがったものと考えられています。
墨の語源となったのは、兪麋山の兪麋(ゆみ)が訛って「すみ」となったとか、和訓では「染み」が訛って「すみ」となったとかいわれています。
日本へは推古18年3月(610年)、「高麗ノ僧曇徴、能ク紙墨を作ルトアリ」と日本書紀(巻20)に記されており、この時代に紙と墨の製法が伝えられたことがわかります。
又、倭名抄十三には「墨は松柏の煙を以て、膠に和して合成するなり須美」とも記されている。

画像 墨の歴史解説の図
会意文字

我が国における松煙墨は、紀州において平安時代末期(794〜)に藤代(藤白)墨(別名:なぎの葉墨)が最初といわれている。現在の海南市藤白あたりである。後白河院が熊野詣で(1160〜1192の間)をしたときに、藤白において国司が松煙墨を献上したと「古今著聞集巻三」に記されている。和歌(作冷泉為重)

する墨のその藤代の秋かけて絶えぬ七日の梶の玉づさ

しかし、江戸時代の1842年以降、藤白墨は途絶えたままになっていたのを、復活しようと試みているのが紀州松煙の堀池さんです。
平安時代に書かれた「枕草子(清少納言作)」の25段(憎きもの)には、「硯に髪のいりて摺られたる。又墨の中に石のきしきしときしみなりたる」、また72段(ありがたきもの)には、「物語、集など書き写すに本に墨つけぬ。よき草子などはいみじう心して書けど、かならずこそきたなげになるめれ」のように墨について書かれています。

墨の種類

墨はその原料によって、大きく2つに分けられます。

松煙墨は落ち松松煙と生き松松煙の2つに分けられる。落ち松とは自然に枯れた松を原料にしており、生き松とは立木を原料にする方法です。
近代には、アンスラセンや重油などから煤をとった墨が作られるようになり、松煙墨は、手間がかかり、資源的にも限られているため、だんだんと少なくなってきています。
油煙墨は不純物が少なく、赤みがかった力強い色で、粒子は細かく平面的であるのに対し、松煙墨は不純物を含み、粒子が大きく不揃いで、青っぽい透明感のある黒色が特徴です。

画像 堀久夫氏の作品写真
堀 久夫作「墨」
墨のにじみ

煤の粒子の揃い方(大小)によって、和紙に書かれたときの「にじみ」が生じる。粒子が均一で小さい油煙墨は、繊維の結晶領域(ミセル)へ入っていけるが、粒子が大きく不均一な松煙墨は非結晶領域(ミセル間隙)と結晶領域へ入って行くために、「にじみ」の現象が現れる。特に、大きい粒子から小さい粒子まで均一に配合している場合には、墨汁の線の形成能と拡散性(多分散性)とが適当に調整されるから、優雅な線や絶妙の”にじみ”を出すことが出来る。

画像 墨のにじみ解説の図1
繊維の結晶領域と非結晶領域
画像 墨のにじみ解説の図2
松煙墨の粒子径:0.2〜0.6ミクロン
油煙墨の粒子径はこの1/2〜1/3
粒子は必ず球形をしている。
画像 墨のにじみを活かした作品の写真
墨蹟のにじみ