ハリマ化成グループ

パインケミカル

松やに(ロジン)を訪ねて

14.越前和紙と墨流し

一子相伝の 古代墨流し 技法。
一滴の松脂が和紙に命を与え、色鮮やかな波紋を描く。
越前和紙と墨流し
画像 越前和紙と墨流しの作業風景の写真、福田忠雄氏の写真
取材協力

福井県無形文化財指定  福田 忠雄氏
福井県越前市大滝町25-25

越前和紙

越前和紙の古里今立町は、JR北陸線の武生駅または鯖江駅から車で南へ約15分(約10Km)、神宮川と岡元川の流れる静かな山間にあります。

画像 今立町の地図
画像 詳細な地図
越前和紙の歴史

越前和紙の歴史は今から約1500年前、継体天皇がまだ男大迹皇子(おおとのおうじ)と呼ばれ、越前に居られたとき、寵愛した川上御前が越前五箇郷(不老、大滝、岩本、新在家、定友)に使いし、その国のきれいな水と原料の豊富さに惚れ込み、村民にここで紙漉きをするようにとの詔があったのが始まりといわれている。その後、村民がこの川上御前を紙祖神として祀ったのが、岡太神社(おかもとじんじゃ、福井県今立町岡元)の始まりと言われている。川上御前は一名水波能売尊(みずはのめのみこと)といい、彼女を祀る神社は全国で唯一、紙の神様をまつる神社として知られている。
現在の大瀧・岡太神社は奥の院に両院が並び立ち、下宮は両院の里宮となっている。訪れたときは、前日の雪が残り、鳥居の赤とマッチして荘厳な雰囲気を醸し出していた。

画像 大瀧・岡太神社の写真
和紙の伝来

日本への紙の伝来は、「日本書紀」巻22の推古天皇の条に初めて見える。それによれば、推古天皇の18年(610)に高麗(こま=高句麗)の王が曇徴(どんちょう)と法定(ほうてい)の2名の僧を送ったことに始まる。越前和紙は紙祖神の伝説にあるように、日本に紙が伝わる以前から、ここ越前では西暦4〜5世紀には始まっていたといわれている。最初は写経紙を漉いていたが、紙の需要の高まりとともに、奉書紙をはじめ壁紙、襖紙、その他小間物、色紙など種類も多くなり、現在では品質、種類、生産量とも日本一となっている。 今立町には、「和紙の里通り」が全長約200メートルにおよび整備されており、紙漉きを体験できる施設、和紙の歴史を学べる施設、土産物屋など、訪問者を十分に楽しませてくれる施設が連なっています。

画像 和紙の里の写真1
和紙の里通り
画像 和紙の里の写真2
紙漉き体験(卯立つの館)
和紙の作り方

和紙の製造工程の概略は左記に示すとおりである。まず第一に原料の選別をおこなう。楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などを使用するが、現在では多くを輸入に頼っている。
原料に薬品(NaOH)等をいれ、煮沸してパルプをとりだす。その後、漂白してパルプにサイズ剤(松脂)、染料、のり剤(とろろ葵)の順に入れ、紙漉きし、圧搾(脱水)、乾燥して製品となる。

画像 和紙製造工程の図
画像 和紙製造工程の写真1
原料の楮など
画像 和紙製造工程の写真2
漂白したパルプ
画像 和紙製造工程の写真3
のり剤のとろろ葵
画像 和紙製造工程の写真4
紙漉き
画像 和紙製造工程の写真5
漉き終わった紙の圧搾(脱水)