墨流し技法
今回の取材に応じてくだっさたのは、伝統工芸士でかつ福井県の無形文化財指定者でもある、福田 忠雄さん。福田さんは大正15年生まれで現在74歳。福井県伝統工芸士会連合会の会長と越前和紙伝統工芸士会の会長でもある。福田さんは15歳の時から、先代の後ろ姿を見ながら墨流しの技法を今に受け継ぎ、この道にはいったときには既に一通りの紙漉の技術は習得できていましたとのこと。福田さんがこの道に入ってからでも約60年の月日が経っているが、試行錯誤の連続で今でも勉強の連続ですと説明される。
伝統は体で受け継いでいくもので、決して書いたものではないと
福田さんはきっぱりとおっしゃる。
現在、この今立町の大瀧地区では紙漉に携わる人は100人以下であり、その中でも上手な人は50人もいない状況で、一人前になるには最低でも10年は必要と言われる伝統工芸の技術を、今後どのようにして後世に残していくかが大切な課題として残されているとのこと。幸いにして福田さんの後継者は既にお孫さんが決まっているとかで、この貴重な一子相伝の技法を後生へ残すことが出来ますと笑っておられた。
福田さんの墨流しの秘法(古代墨流し)
墨流しは約800年前、平安時代に始まるといわれる。手漉き和紙に墨や染料を用いて染色をしたり、模様を描く方法で、工芸紙として広く使われている。この伝統芸術の墨流しをできるのは、福田さんと後一人という秘伝中の秘伝です。今回訪問したときには親切にその秘伝の墨流しを披露してくださったが、ちょうど時を同じくして、福井県から無形文化財の指定があったそうで、このような伝統芸術を後世に伝えていく上でも励みになりますとおっしゃる。墨流しの技法を用いたものとしては、西本願寺所蔵の「三六人集」や、四天王寺の扇面古写経などが特に有名です。



水槽に水を入れ、筆に付けた墨を一滴落とす。サイズ剤(松脂)を一滴落とし輪を広げる。これを幾度か繰り替えしていくと写真のような見事な輪模様ができあがる。これを団扇で扇いだり、口で風を吹いて波紋を変えていき、その後、その上に和紙を置き、模様を吸い取る。
福田さんからいただいた説明書によれば、墨流しの行程は次のようである。
- 水槽に水を張る。その表面の埃を除去する。
- 原料を厳選し、長時間かけて作り上げた墨に松脂の煮汁を混ぜた墨汁を滴下し、その中心を松脂の煮汁をつけた細棒で突いて拡散させる操作を、水面一杯になるまで繰り返す。
(墨汁の他、染料も使用する) - 模様に変化を付けるため、水面に息を吹きかけたり扇子であおる。
- できあがった模様を鳥の子紙や奉書紙に写し取る。
- 紙を水面より引き上げる。
- 表面の余分な墨・染料を水で洗い流す。
墨流しの隠し味・松脂(サイズ剤)-松脂の入れ具合が墨流しの命-

染料を用いた墨流しを説明します。右手に松脂(サイズ剤)をつけた筆を持ち、左手には墨、朱、青の3本の筆を持つ。まず始めに墨の筆を水面に浸ける。と、黒い輪が広がる。その中心に松脂の筆をさすと、一瞬にして黒の円弧に広がっていく。次に、中心に朱を入れると朱の輪ができる。これに松脂の筆をさすと、一瞬にして朱の円弧となる。同様にして、青の円弧を描いていく。これを何回も繰り返すことにより、幾重にも広がる円弧が描かれる。同心円で広がっていく様はまことに見事であり、これこそ伝統芸術の粋であると実感してしまいます。実はこの墨の中にも松脂(サイズ剤)が入っています。



次々に広がっていく波紋。開いていく波紋を途切れないようにすることが難しい技とのこと。筆の置き方、墨の流し方、それに息のふき方など微妙な加減で、無限の模様が作られる。一番難しいのは、筆を水面に入れるそのタイミングと息づかい。・・・ここに伝統の最高の技術が隠されています。
この最高の芸術の裏方にも松脂(サイズ剤=ロジン)が大きく関わっています。

福田さんの墨と染料の筆
水槽に作った波紋を次に和紙に吸い取ります。まず、波紋を扇子で扇ぎ、形を波形模様にしていきます。さらにその上から扇子などで扇ぎ、波形をさらに複雑で美しい文様に仕上げていきます。この波形の上に和紙を静かに置き、この文様を吸い取って行きます。この行程が非常に難しく、上手く波文様を和紙の上に吸い取っていくことが、長年の技術の蓄積だとか。吸い取り用の和紙をかぶせてから十数秒、水槽の模様が裏面にうっすらと浮かび上がってくるのを見計らって静にこの和紙を引き上げていきます。すると水槽の文様が見事なまでに和紙に写っているではありませんか。吸い取った和紙は天日で乾燥し、裁断して製品とします。実は、この吸い取り用の和紙にも松脂(サイズ剤)が添加されており、微妙な吸い取り加減をコントロ-ルしています。福田さん宅では、この墨流しの和紙を使って財布、名刺入れも作っている。

出来上がった波紋の上に和紙を置く

墨流しで作られた文様を吸い取った和紙
墨流しの和紙を用いた製品

福田さんの作っている財布

墨流しの和紙で作った越前和紙人形
越前和紙に関するお問い合わせ
- 福田 忠雄さん→→→TEL:0778-42-0463
- 福井県和紙工業共同組合→→→TEL:0778-43-0875
- 和紙の里会館→→→TEL:0778-42-0016
和紙の参考文献
- 紙の科学-トイレットペ-パ-から情報処理まで-町田 誠之著(講談社)
- 伝統的工芸品-越前紙漉資料集 福井県和紙工業協同組合(編集・発行)
- 和紙の四季 町田 誠之著(駸々堂)
- 文房四宝-紙の話- 榊 莫山著(角川書店)
- 紙の道 陳舜臣著(読売新聞社)
- 和紙周遊 小林 良生著(ユニ出版)
- 紙の世界 相馬 太郎著(講談社出版サ-ビスセンタ-)
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