15.江戸切子(硝子工芸)と松脂(ロジン)
カットが生み出す精緻の硝子工芸
切子の一筋一筋に職人の魂が生きる。
切子の命・割り付けを、松脂が見事に演出する。
取材協力
東京都伝統工芸士指定 篠崎 清一氏
東京都江東区大島5-2-2 TEL:03-3682-3634
硝子について
江戸切子は伝統工芸の硝子細工であるが、それでは硝子とはどんな物なのでしょうか。一般的にはガラスと言う文字に硝子という漢字を当てているが、何故なら硝という字は石と肖という文字の組み合わせになっている。肖は小さい、砕けるという意味を持っている。つまり硝とは鉱物の一つで、小さくてくだいて粉末にし、ガラスや火薬などの原料となる。また、子とは小さい物や道具の名に付けて用いる接尾語である。つまり硝子とはガラス原料となる小さい粉末を意味した物の当て字である。(参考:漢和大字典 藤堂明保著 学習研究社)
明治の始めに品川硝子製造所が創設されたときにこの硝子の漢字をガラスに当てはめたのが始まりと言われている。江戸時代までは玻璃、瑠璃等ともかかれ、はりとかるりとか呼ばれていました。
また、ガラス製品のことをギアマンとかビ-ドロとか呼んでいるが、ギアマンとはポルトガル語でdiamanteと言っていたものを、当時の人が聞いてジアマン→ギアマンと言うようになった。つまりdiamanteとはダイヤモンドのことであり、ダイヤモンドのように美しく輝く物と言う意味でガラス製品のことになった。ビ-ドロ(vidro)も同じくガラス製品のことである。
硝子の組成は珪砂あるいは珪石で、その主成分は珪素(シリカ)で海岸などにある砂の成分です。これにソ-ダ(NaO)と石灰(CaO)が解け合って出来た物が、一般的にみられるソ-ダ石灰ガラスです。このソ-ダの変わりにカリ(K2O)を入れたり鉛を入れた物を鉛ガラスといい、クリスタルという言葉はこの鉛ガラスの固有名詞になってきています。
硝子の歴史
ガラスは太古の昔、火山の噴火によってガラスの成分が溶解されて天然のガラスとも言うべき岩石が出来上がっています。つまり、その代表的な物は黒曜石といわれるもので、当時の人々はこの黒曜石を用いて、狩猟や武器または装身具として用いていたのではないでしょうか。そのうちに木質の灰(つまりアルカリ)でとかされた石英を見つけ、これが釉薬(うわぐすり)の発明となっていったと思われます。その釉薬をもちいたガラスは既に紀元前16世紀には古代エジプトにあったと言われています。また、紀元前600年頃にはアルカリの多い溶けやすいガラスの粉を撒いて、金属とともに火中に入れて焼き付けてできるガラス工芸品、今で言う七宝(しっぽう)も出来てきています。
日本の硝子の歴史

正倉院の胡瓶
東大寺の正倉院には世界最高の文化遺産として、数々の物が納められているが、その中の一つとしてガラス器がある。白琉璃椀(はくるりわん)といわれるササン朝ペルシャ(今のイランあたり)の胡瓶(こへい)ですが、遠く西域からもたらされたものです。正倉院以前にも日本にはガラスが存在していたと思われ、弥生時代中期にはすでに勾玉(まがたま)や管玉(くだたま)が作られていたようで、福岡県の遺跡から出土しています。また、文武天皇の頃(701-711)には、大蔵省の典鋳司(いものでのつかさ)で玻璃を作ったことが記録に残っています。
硝子の成型法
一般的な硝子の成型法は次の3つです。
- 宙吹き
窯の中でドロドロに溶けたガラスを鉄パイプでできた吹き竿の先に巻き取り、空中で吹き竿を回しながら成形する方法。 - 型吹き
木型、粘土型、金属型等の鋳型の中に、溶けたガラスを吹き竿で吹き込み成型する方法。江戸切子の素材はほとんどがこの型吹きで作られている。 - スフレ
果実、人物、動物のレリ-フをあらかじめ凹刻した型の中にガラスを吹き込む方法。
松脂入り硝子
ソ-ダガラスに松脂を入れた色付き硝子がありますが、1955年頃(昭和30年頃)の処方の一例を紹介しておきます。
軟質茶硝子の組成(参考:http://www.asahi-net.or.jp/~YW8M-OOSG)
珪砂30000/ソ-ダ灰15000/コバルト56/蛍石1120/亜砒酸67/長石7500/硝酸鉄液165/硫黄63/松脂318(単位:グラム)
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