19.江戸解き友禅と松脂(ロジン)
悠然の心
粋でいなせ 繊細で大胆 緻密でヤボ
友禅はいつの時代にも女心を魅了してやみません
取材協力
江戸友禅絵師 伊藤 幽水氏
東京都板橋区桜川2-6-8-203号 電話 03-3931-1584

1951年生まれ。名前の号は故郷大分の深山幽谷、山紫水明に因み命名。
この道30年、道はまだまだ険しいが、友禅を現代風にアレンジして広めていきたいとのこと。
染色の起源
原始の人々が樹皮や草皮から繊維を取り出し、織物を作って衣服として使うようになったのはいつの頃か、はっきりと年代を推定することは難しい。これまでに知られている染色物の最も古いものは、エジプトのミイラに巻き付いていた布の藍色の染料といわれており、4000-5000年ぐらい前と考えられている。わが国において、衣服を染色したり、文様をつけることがいつ頃から行われたかははっきりとしないが、吉野ヶ里遺跡の繊維製品の発見から考えると、3世紀頃ではないかと考えられている。
繊維に色をつけるという彩色の起源はすりこみや泥漬法によるものであったと思われる。その後、植物の葉・幹・根・実などを煮出してとった汁の中に生地を漬け込み、灰汁や泥などにより媒染する染色法が行われるようになり、今日の浸染(しんぜん)と同じような染色法に発展してきた。・・・「模様染の伝統技法」(理工学社)青柳太陽著
【参考】・・・2001年6月15日付けの産経新聞(朝刊)によれば、北海道の南茅部町の垣ノ島遺跡から発掘された漆製品が9000年前と考えられるとのことで、漆の糸で加工されており、ここにも染色(着色)した後が見受けられる。
友禅染めとは
江戸時代の元禄の頃(1688-1704)、京都祇園町に絵師で宮崎友禅斎が工夫して下絵を描いて鴨川の水にて染めたのが起こりといわれている。のち、加賀の金沢に移住し、始めたのが加賀友禅と言われている。江戸時代の文化・文政(1800年前半)の頃には浅草や日本橋、神田に京都から模様絵師が移り住み、手描き友禅の技法などが伝えられていった。
友禅染の根本となるのは、布地の上に糊(糯米や小麦粉を用いる)で、模様の輪郭を描くことである。下絵の上を(糸目)なぞるように糊を置いて(糸目糊)できた空間に色を差していく技法を総称して友禅、友禅染、または糸目友禅と称している。
友禅染の特徴とするところは手描きであることと、染色が従来の浴染から塗り染めになったことで、これによってぼかしや隈取りを加えた多彩で絵画的な小袖模様を、従来の刺繍や辻が花における絞り、描き絵などにくらべて非常に容易に、しかも効果的に表す事が出来るようになったことである。友禅染が日本の工芸史の上で、画期的な技術の進歩であったといって良い。
参考:日本大百科全書(小学館)および大言海(冨山房)大槻 文彦著
手描き友禅
友禅染の基本は手描き友禅であるが、それは非常に色彩が豊かで、しかも複雑で精緻な文様は絵画的とも言われる。あたかも一枚の着物をキャンバスに見立てたかのごとき趣がある。それだけに要求されるのが、色と色とが混じり合って、濁ることを防ぐ技術(これを防染という)、つまり糊で防染することを糊置きと称しているが、大切である。
参考:日本の染め織り(紀尾井書房)中江 克己著
手描き友禅について、友禅作家で人間国宝でもある森口華弘氏は「色は人なり、色は命といい」、「色の発想が出発点であり、色によって柄は自然に決まっていく」とも話しています。
友禅染の基本
- 糊で防染
- 地入れ・・・生地の全体に豆汁(ごじる)を塗り、染料がつきやすくする。
- 文様に色を筆や小刷毛で差す。
源氏ひいながた

友禅の資料としては、貞享4年(1687)に出版された「源氏ひいながた」とよばれる、当時の京の町で行われていた染織の模様を集めた本があるが、近年小学館より「小袖模様雛形本集成」として刊行されており、これには江戸時代からの友禅の文様が描かれ、友禅の下絵を描く人にとってはバイブルのような役割を果たしている。
今回取材した伊藤さんも30年ほど前に購入したとのことであるが、当時でもうん万円とのことで、大変な苦労をしたとのこと。
- 1
- 2

