ハリマ化成グループ

伝説のテクノロジー

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ミシンが織りなす芸術性

横横振り刺繍 刺繍作家・大澤紀代美さん

糸は光で化ける

 「横振り刺繍の表現で大事なことの一つにグラデーションがあります。糸の色を変えることでグラデーションをつけるのは難しくありませんが、私は同じ色の糸だけ使っても方向性を変えることでグラデーションを表現することができますし、糸と糸の間にまた糸を縫い込むことでもグラデーションを表現できます。糸は、光で化けるんです」

 刺繍をしているときが一番楽しいという大澤さんは、80歳になった今でも毎日のようにミシンを踏んでいる。これまで縫い上げた作品は数限りないが、その中で「一番の代表作は」と問うと、迷わず「幽玄です」という答えが返ってきた。

代表作の「幽玄」。糸は絵の具と違って混ざることのない世界。色の数だけ糸を使い、一針一針に魂を込めて、すべてを表現していく。

 自身を投影したというこの作品には、大澤さんにとって忘れられぬ思い出がある。「ある百貨店で個展を開いたとき、この作品の前でずっと動かず見続けていた女性がいらっしゃいました。どうしたのかなと思って声を掛けたら、泣いていらしたんです。そして『自分は末期がんでもう治療を諦めていたのですが、これを見てもう一度頑張ってみようと思えるようになりました』とお話ししてくださいました」

 某美術展の主催者は「機械(ミシン)を使うのは芸術ではない」と言った。しかし、機械を使うかどうかではなく、それがいかに人の魂を揺さぶるかで、その作品の芸術性は判断されるべきだろう。

 だとすれば、大澤さんの作品の多くは、まぎれもなく芸術であろう。60年以上の歳月にわたり全身全霊を注ぎ込むことで、大澤さんはついに横振り刺繍を芸術へと昇華させたのである。

おおさわ・きよみ 1940年、群馬県生まれ。17歳のとき横振り刺繍に出会い、以来60年以上にわたり刺繍制作に取り組む。有名デザイナーによるパリコレなどで衣装の刺繍を任されている。1994年、「現代の名工」受賞。1996年、黄綬褒章受章。2008年には桐生市内に「ししゅうギャラリー」を開設した。「雑学の大切さ」を指摘し、自らも映画鑑賞や読書、ドライブ(自分では運転しない)など幅広い趣味を楽しんでいる。

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