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伝説のテクノロジー

漆が木に命を吹き込む

世界遺産にもなっている奈良県の興福寺が、およそ3世紀ぶりに中金堂を本格再建した。10月にはその落慶法要が行われる。その中金堂で使われる論議台と2基の前机の漆塗りを担ったのが、樽井宏幸さんだ。時間との戦いでもあったこの仕事で樽井さんは「やれることはすべてやった」と言い切る。

塗師(ぬし) 樽井宏幸さん

万が一のときは切腹もの

 関西地方に大きな被害をもたらした台風21号が上陸した日、樽井さんは興福寺境内に設けられたプレハブの中で論議台に仕上げの漆を塗る作業をしていた。

 外は猛烈な雨と風が吹き荒れていた。ミシミシミシ…。風にあおられた松の大木が、不気味な音を立てていた。

 「万が一、木が倒れてこのプレハブを押しつぶすようなことでもあれば切腹ものだ」

 樽井さんはそんなことを思いながら黙々と作業を続けた。

 翌日、プレハブからはだいぶ離れていたが、大きな松の木が根こそぎ倒れているのを見て、樽井さんは肝を冷やした。切腹とまではいかなくても、樽井さんはこの仕事に全身全霊を傾けていたのだ。

 興福寺の中核施設である中金堂は、奈良時代初めの建立以来、戦乱や火災でこれまでに7度も焼失してきた。その中金堂が約300年ぶりに再建されることとなり、内部の柱や論議台などに漆を塗る重要な仕事を樽井さんが任されたのである。論議台は中金堂の本尊を挟むように左右に置かれ、法要のときには講師(こうじ)と読師(とくし)が座る。論議台は高座とも呼ばれ、落語などの演芸で高座に上がるというのは、ここからきているとされる。

たるい・よしゆき 1943年、奈良県生まれ。1966年から父・樽井直之氏に師事。28歳で唐招提寺の講堂の仕事に携わって以来、塗師として数々の寺社仏閣の再建・修復に貢献してきた。春日大社の大塗師職預として樽井禧酔(きすい)の名も持つ。

 樽井さんの父は、奈良漆器界の重鎮の樽井喜之さん。樽井さんは21歳のとき父に弟子入りし、修業を積んできた。29歳のときには父とともに薬師寺大講堂再建のプロジェクトに参加し、内陣一式の漆を仕上げる仕事を経験した。

 「それまでは研ぎ、下地、中塗り、上塗りなど漆工に必要な工程を、それぞれ点で覚えていました。それが薬師寺の仕事ですべての点がつながり、1本の線になりました。技術についての自信がこのときつきました」

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