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伝説のテクノロジー

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漆が木に命を吹き込む

塗師(ぬし) 樽井宏幸さん

少なくとも100年は持つ

 30歳を過ぎたころ父から離れて独り立ちした。昨年は手向山八幡宮(東大寺八幡宮)の祭礼で使われる「御鳳輦(ごほうれん)」と呼ばれる神輿(国重要文化財)の仕事もした。こうした実績が評価されて興福寺の仕事も任されることになったのだ。

 興福寺の仕事をするに際し、樽井さんは若手の漆芸作家など6人を集めてチームを組んだ。このとき樽井さんは、全員が同じ価値観を持つようにすることに心を砕いた。

 「奈良の場合、時間のスパンが違います。平安時代のものがたくさん残っているし、室町時代のものがまだ新しいと言われる土地柄です。興福寺の論議台なども、何百年も使うことが前提になっています。僕は漆のことを、木を長持ちさせるための塗装と考えています。もちろん漆を塗ればきれいになるのですが、最終的に大事なのは長持ちさせること。そういう考え方を理解できる人に集まってもらいました」

 だが、樽井さんはいきなり、予想外の事態に直面することになった。2018年の年明け早々から作業を始めるはずだった予定が寺側の意向で変更になり、論議台などの作業開始が3月にずれ込んだのだ。

 「中金堂の落慶法要は10月と決まっていましたから、3カ月近い遅れをとにかく取り戻すしかありませんでした」

 遅れを取り戻すのは難しいことではない。漆を塗る回数を減らせばいいだけだ。回数を減らしても、仕上がりの見た目は何ら変わることはない。だが、樽井さんはそうしなかった。塗りの回数を減らすと、持ちが悪くなるからだ。仕上がりが最も堅牢になると言われる本堅地(ほんかたじ)の技法を用い、下地の工程も下塗り〜中塗り〜上塗りの工程も、回数は一切減らさなかった。

 「今回の仕事は漆をふんだんに使うことがポイントでした。一番多いところでは下地を15回、本塗りを4回重ね、漆の厚さが2ミリくらいになりました。自分史上最高の厚さですね。この論議台、少なくとも100年は持つはずです」

論議台の設計図。「課題は想像力」と樽井さんは言う。「型通りかちっとはできるし、1から2は得意。ただ0から1を生み出すことはこれからの課題」。

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